「年金」or「一時金」? 企業型確定拠出年金の受け取り方と税のポイント
企業があらかじめ設定した拠出額を、従業員個人が運用・管理するという形をとる「企業型確定拠出年金(企業型DC)」は、従業員の将来の生活をサポートするための制度として注目を集めています。この制度の大きな魅力として、従業員が年金の受け取り方を自由に選択できる点が挙げられます。今回は、企業型確定拠出年金を受け取る際の条件や期間、それぞれの受け取り方におけるメリットやデメリット、注意すべきことやその影響をわかりやすく解説します。積み立てた企業型確定拠出年金を無駄にすることなく受け取るために、それぞれの受け取り方のポイントをおさえていきましょう。ぜひ企業型確定拠出年金の受け取り方を決定する参考としてお役立てください。
受給資格は?
企業型確定拠出年金の「受給資格」は、この制度を利用する従業員にとって非常に重要です。具体的には、いつ、誰がこの年金を受け取ることができるのでしょうか。
いつ受け取れるのか
一般的には従業員が退職するタイミングでの受給が想定されています。(原則60歳以降)
誰が受け取れるのか
基本的には該当する企業の制度に加入している従業員が対象となります。
具体的なシチュエーションを考えると、定年退職時にはもちろん、早期退職時にも受け取ることが可能です(原則60歳以降)。ただし、詳しい受給時期や条件は企業ごとの規定や制度の詳細によるため、従業員は所属する企業のルールをしっかりと確認しましょう。
詳しくは「加入対象者と加入資格」をあわせてご覧ください。
受給期間
企業型確定拠出年金の「受給期間」は、将来の資産運用やライフプランを具体的に考える上でとても重要です。受給期間について正確に把握し、ご自身の将来設計にあった受給期間を計画してみましょう。
原則として60歳から75歳までの間で選択できる
企業型確定拠出年金の受給期間は、原則として60歳から75歳までの間で選択することが可能です。これにより、従業員は自身のライフスタイルや経済状況、さらには健康状態などに応じて、受給に適切な時期を柔軟に選ぶことができます。
【注意点】加入期間が10年未満の場合、最長で65歳まで受け取れない
注意点として、通算加入者等期間(※)が10年未満の場合、受給開始可能年齢が、加入期間により61歳から65歳以降に繰り下がります。受給開始可能年齢は通算加入者等期間と年齢に応じて決まり、60歳で受給を希望する場合は、50歳までに加入している必要があります。50歳を超えてから加入する場合は、60歳時点での受給ができないので注意しましょう。企業型DCを新たに採用する企業は、従業員の年齢分布に配慮して導入を検討するといいでしょう。
(※)通算加入者等期間に含まれるもの
- 企業型年金加入者期間
- 企業型年金運用指図者期間
- 個人型年金加入者期間
- 個人型年金運用指図者期間
受け取り方は「年金」か「一時金」で選べる
企業型確定拠出年金の受け取り方は、「年金」か「一時金」を選択でき、両方を組み合わせることも可能です。
それぞれの選択肢は将来の生活設計や資産運用の戦略に大きく影響するので、しっかりと理解を深めた上で判断しましょう。
年金で受け取る
一定期間、年金資産を分割して受け取る方法です。
年金の中にも、「終身年金」「確定年金」「分割取崩年金」などがあります。
一時金で受け取る
確定拠出年金をまとめて一度で受け取る方法です。
退職時に一定のまとまった金額が必要な場合や、他の投資先への資金として活用したいと考える方に向いています。
「年金」と「一時金」を組み合わせることもできる
上記でご紹介した「年金」と「一時金」とを組み合わせることも可能です。例えば、一部を一時金として受け取り、残りを終身年金や一定期間年金として受け取るといった方法が考えられます。
どのような方法で受け取るかは、個人の生活設計や経済状況、さらには税制の影響など、多岐にわたる要因を総合的にみて判断することが重要です。将来のライフプランや資産運用の方針に合わせて、最適な受け取り方を考えておくといいでしょう。
受け取り方で税金はどう変わる?
企業型確定拠出年金では、掛金は給与とみなされず社会保険料の算定の対象外となったり、運用益は非課税となりますが、給付金は課税されるケースがあります。給付金の受け取り方やタイミングによって、税金の取り扱いが大きく変わるため、注意が必要です。受け取り方によって異なる課税の取り扱いや節税のポイントを見てみましょう。
年金は「雑所得」として扱われる
企業型確定拠出年金を年金として受け取る場合、その取り扱いは公的年金と同様に「雑所得」となります。具体的な分割回数や給付年数は、加入している企業の制度により異なります。税面では、年金受け取りは公的年金等控除の対象となり、税制上の優遇が受けられる点は魅力的です。その一方で、一時金と比較すると、全体の課税額が増えるというリスクも伴います。特に、公的年金等控除を受ける際には、老齢基礎年金や老齢厚生年金など、他の年金収入と合算して計算されるため、結果として課税対象額が大きくなる可能性があります。さらに、年金受け取りによって全体の所得が増加すると、健康保険料が増加する可能性があるため、様々な角度からの検討が必要です。
一時金は「分離課税」となる
企業型確定拠出年金を一時金として受け取る場合、その受け取り金額は「退職所得」となります。この退職所得は分離課税の対象となり、給与や不動産、雑所得といった他の所得とは別に税計算されます。つまり、一時金は退職所得として特別な取り扱いがされ、他の収入と合算されることなく独立して課税されるというわけです。この点をおさえておくことは、税負担を適切に把握する上で非常に重要と言えます。
「年金」と「一時金」にはそれぞれのメリット・デメリットがあり、一概にどちらが税制上有利とは言えません。最終的にどちらの受け取り方が良いかは、個人の資産状況、将来の生活プラン、所得状況などによるため、それぞれのマネープランに基づいて検討することが大切です。
受け取る際の注意点
企業型確定拠出年金は、多くの従業員にとって退職後の生活をサポートする大切な制度です。しかし、その受け取り時の税金の取り扱いは、一般的な給与とは異なります。受け取るときと受け取った後に関する注意点を確認してみましょう。
「年金」も「一時金」も、自分で手続きする必要がある
企業型確定拠出年金を受け取る際、「年金」と「一時金」のどちらの方法を選んでも、受け取るための手続きは自ら行う必要があります。企業や金融機関が代わりに手続きを行ってくれるわけではないので、注意が必要です。
手続きの内容は?
受け取る際の手続きは、所得税法や金融商品取引法など、様々な法律に基づくものであり、専門的な知識が必要とされる場合が多く、特に、税金の取り扱いに関しては、受け取り方法によっても異なります。そのため、事前に税務署や専門家に相談することをおすすめします。
受け取った後の運用方法と注意点
さらに、受け取り後の運用方法についても注意が必要です。一時金を受け取った場合、その資金をどのように運用するかは、受け取った本人の判断に委ねられます。無計画に使ってしまうと、将来的に困窮するリスクも発生します。適切な運用方法や節税のポイントについての知識を身につけ、長期的な資産形成を目指すことが重要です。
企業型確定拠出年金の受け取り事例と控除額の計算
以下の3つのケースでは、企業型確定拠出年金(DC)の受け取り方法に対してどのような控除が適用されるかを計算し、教訓を見ていきます。控除額や税負担を理解することで、最適な受け取り方法を選択する際の指針になります。
事例① 勤続35年、一時金2,000万円の場合
退職控除額の計算
勤続年数:35年
退職控除額:800万円+(70万円×(35年−20年))
計算式:800万円+(70万円×15年)=1,850万円
課税対象額
一時金:2,000万円
退職控除額:1,850万円
課税対象額:2,000万円−1,850万円=150万円
考慮点・教訓
一時金受け取りの場合、退職所得控除を適用して課税対象額が大幅に抑えられます。
この例では、150万円に対してのみ課税されるため、税負担は比較的軽くなります。勤続年数が長いほど退職控除額が大きくなるため、一時金で受け取る場合は退職金の税制優遇を最大限に活用できることを理解しておきましょう。
事例② 勤続35年、年金2,000万円の場合
公的年金控除額の計算
勤続年数:35年
公的年金控除額:65歳以上の場合、控除額は400万円(年金収入額1,000万円以上の場合)
課税対象額
年金受取額:2,000万円
控除額:400万円
課税対象額:2,000万円−400万円=1,600万円
考慮点・教訓
年金として受け取る場合、公的年金等控除が適用されますが、控除額が比較的少ないため、年金収入が高額になるほど課税対象額も増える点に注意が必要です。年金受け取りの場合、分割で受け取るため一時金に比べて税負担が分散されるものの、総額に対しては税がかかるため、長期的な資産運用や税対策も考慮する必要があります。
事例③ 勤続35年、一時金1,000万円と年金1,000万円で受け取る場合
退職控除額の計算(1,000万円の一時金)
勤続年数:35年
退職控除額:1,850万円(事例①参照)
課税対象額:1,000万円−1,850万円=0円(控除額が一時金を上回るため課税なし)
公的年金控除額の計算(1,000万円の年金)
年金受取額:1,000万円
控除額:400万円
課税対象額:1,000万円−400万円=600万円
考慮点・教訓
一時金と年金を組み合わせて受け取る方法では、一時金部分が退職控除額内であれば非課税となり、年金部分にのみ課税されることがわかります。このケースでは、一時金で退職所得控除をフル活用し、年金部分での税負担を最小限に抑える方法が有効です。一部一時金として受け取り、残りを年金として運用することで、税制上のメリットを最大化できることが教訓となります。
あなたの未来を左右する大切な決断は、専門家に相談を
企業型確定拠出年金の導入背景には、従業員のライフプランや資産形成の自由度を向上させる意図があります。受け取る方法も「年金」と「一時金」で選択できることが大きな魅力ですが、それぞれにはメリットとデメリットが存在します。例えば、一時金は突発的な出費に対応しやすく、年金は安定した収入を期待できますが、インフレなどの変動リスクを伴います。
積み立てた年金をどのような形で受け取るか、どのように運用していくか、最適な判断をするためには十分な情報収集が必要ですが、1人では難しいという場合は、専門家に相談することをおすすめします。